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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)1405号 判決 1963年3月13日

判   決

東京都大田区女塚三丁目一四番地

原告

武村サトシ

右訴訟代理人弁護士

森田洲石

東京都大田区大森四丁目五三番地

被告

誠金属工業株式会社

右代表者代表取締役

羽鳥元章

右訴訟代理人弁護士

富岡孝助

右当事者間の損害賠償請求訴訟事件について、つぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「1被告は、原告に対し金一、八五九、九一六円及びこれに対する昭和三六年一一月五日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は、被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、つぎのとおり陳述した。

一請求原因

1  昭和三六年一一月五日午後零時ころ、品川区大井南浜川町一、七四一番地先第一京浜国道上において、品川方面から大森方面から大森方面に向つて南進中の訴外加藤誠運転の自動三輪車(第六み四、〇一七号)(以下、被告車という)と、訴外武村祐三郎運転の自動二輪車(以下、原告車という)とが衝突し、よつて、同訴外人は、頭蓋内損傷、胸部裂創、骨盤骨折等の傷害を受け、同日午後零時五〇分ころ死亡した。

2  被告は、被告車を自己のため運行の用に供していたものである。すなわち、被告は、被告車を自家用車として使用し、以前から訴外加藤誠を臨時に雇い入れて被告車の運転に従事させていたが本件事故は、被告会社と訴外大森塗装株式会社との野珠試合の帰途に生じたものである。したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法第三条の規定によつて、訴外祐三郎及び原告が受けた損害を賠償すべき義務がある。<以下省略>

理由

一  請求の原因1記載の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  同2記載の事実中、被告車が被告会社の自家用自動車であることもまた当事者間に争いがない。そして、(証拠―省略)を総合すると、訴外加藤誠は、立正大学の学生であるが、昭和三六年三月の春季休暇及び同年七月の夏季休暇の間、被告会社にいわゆるアルバイトで勤務し、自動車運転の仕事に従事していたことがありその後、同年九月中の休日にも、二、三回被告会社で同様の仕事をしたことがあることや、同訴外人の兄靖弘も、同年九月から被告会社の従業員になつたことから、同年一一月五日の日曜日に被告会社と訴外大森塗装株式会社の各従業員とが鮫州グラウンドで野球試合をすることになり、その前日被告会社で試合の打合せなどを行つた際、同訴外人も被告会社側の選手として野球に出場することになり、また、その際被告会社の他の選手らから、翌五日の試合に使用するネツトを大森塗装株式会社からグラウンドまで運ぶよう依頼されたこと、そこで、同訴外人は、翌朝は早くからグラウンドに行かなければならないことを考え、被告会社の従業員らの了解のもとに被告車を運転してこれを自宅に持ち帰り、翌朝自宅からこれを運転して大森塗装株式会社に立ち寄つたところ、ネツトは不要であるというので、その儘野球に参加し、野球終了後助手席に兄靖弘を乗せて被告会社に帰る途中本件事故を起したものであること、右の野球試合は、両会社の主催ではなく、両会社従業員有志らの計画によるものであつたが、試合前日の一一月四日ころには被告会社の代表者もこれを聞知していたこと、被告会社従業員の使用した野球道具は、同会社が従業員のために購入してあつたものであること、当時、被告車は、被告会社の工事部門の専用車であつて、その鍵は、同社の自動車運転手である訴外加藤友彦又は同石塚某の保管に委されていたが、実際は事務所の箱に入れて置かれていたこと、しかも、右野球試合には、被告会社の工事部門に属する訴外前田某が最年長者として出場していることが認められ、この認定に反する証拠はない。以上の事実から考えるときは、訴外加藤誠が、本件事故発生の日に被告車を運行するとこを、被告会社の代表者において知らなかつたとしても、同訴外人としては、被告会社の一部従業員らの依頼により、その了解のもとに被告車を運行していたものであることは明らかであるうえ、前示の野球試合が、前示のように一部の従業員らの企画に基づくものであつても、それはいわば被告会社従業員のレクリエーシヨンのためのものであることは疑いがないから、同訴外人による被告車の運行は、被告会社のための運行であつたというべきである。したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法三条一項但書所定の免責事由を主張立証しないかぎり、同項本文の規定によつて、本件事故(生命侵害)の被害者に対しこれによつて生じた損害を賠償しなければならない筋合である。

三  そこで、被告の抗弁(免責事由)について判断する。

(一)  その成立に争いのない甲第三号証の五によると、本件事故が発生した第一京浜国道は、その現場附近において、車道巾は一四、七米であり、その中央には中心線が画され、その中央線から左右に三、三米づつの巾の部分が高速区分帯、その余の左右の歩道寄りの部分が低速区分帯に指定され、コンクリート舗装の南北に一直線の平坦な道路であること、したがつて、本件事故発生現場附近における道路上の見通しは極めて良好であるうえ、折から日曜日であつたので交通量も比較的少なかつたこと、原被告車の衝突現場には、被告車によつて印された東側四、七米、西側四、八米の二条のスリツプ痕が認められること、この東側のスリツプ痕の北端は、歩道と車道との境界線から二、七米離れているが、同じく南端は二、五米離れていること、また、西側のスリツプ痕の北端は、道路の中心線から三、二米離れているが、同じく南端は、三、五米離れていること、本件衝突の結果、被告車の右前フエンダーの地上から〇、五米の高さの部分に、直径五糎の楕円状に排気ガスが吹き付けられている他、同フエンダー及び前輪附近は、原告車との衝突によつて生じたと認められる擦過傷損等が認められ、他方原告車は、その左側を上にして横転していたにもかかわらず、左側排気管の中央部が凹損していること及び方向指示灯のスイツチは、右折、左折のいずれにも入つていなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。これらの事実と、その成立について争いのない甲第三号証の五、同第五号証の一及び証人加藤誠の証言とを併せて考えると、訴外加藤は、被告車を運転して前示道路左側の高速区分帯寄りの低速区分帯上を、時速約三〇ないし三五粁の速度で北から南に向つて進行していたところ、反対方向から道路の中心線に近い高速区分帯上を進行してきた原告車が、予め手や方向指示器等で合図をすることなく、突然右前方八、七米の地点から中心線を超えて被告車の進行路上に進入しようとしているのを発見し、危険を感じて急制動を施しつつハンドルを僅かに左に切つたが、一瞬の後には、巾三、三米の高速区分帯を横断し被告車の前面で転回すべく車首をやや東南に、後部を北西にした原告車の左側後部にある排気管附近と、被告車の前部右フエンダー附近とが接触し、原告車は右側に横転したものであることが認められる。この認定に反する証拠はない。

もともと、車輛等の運転者は、他の車輛等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、横断や転回をしてはならないことは、道路交通法第二五条第一項の規定によつて明らかであるし、横断や、転回等をするときは、手、方向指示器又は灯火により合図し、かつこれらの行為が終わるまでその合図を継続し、もつて事故の発生を未然に防止すべき義務があることも、同法第五三条第一項の規定するところである。それにもかかわらず、原告車を運転していた訴外祐三郎は、前示のように被告車と反対方向に進行中、何らの合図もしないで急に被告車の前面路上において転回しようとしたのであり、その結果正常に進行していた被告車と衝突したものであるから、同訴外人は、右の注意義務を怠つたものといわなければならない。したがつて、本件事故は、訴外祐三郎のこの過失に起因すること明らかであつて、他面、訴外加藤には、被告車の運行について何らの過失もなかつたというべきである。原告は、訴外加藤が自動車運転者として前方左右に対する注視義務に違反し、転回しようとした原告車の発見が遅れたために本件事故が起つたものである旨主張する。そして、本件事故の発生現場における道路上の見通しが良好で、折から他車の交通量も少なかつたことは前示のとおりであるけれども、前示のように、原告車が急に中心線を超えて被告車の進路上に飛び込んできた本件の場合にあつては、訴外加藤が如何に前方左右の注視義務を尽したとしても、事故の発生を回避することができたとはとうてい考えられないから、原告の右の主張は採用することができず、他の前示認定を左右すべき証拠はない。

(二)  かくて、本件事故は、前示のような態様で、しかも、訴外祐三郎の過失のみに基因して惹起したものである以上、保有者である被告が被告車の運行について注意を怠らなかつたものといいうべきこと明らかであるといわなければならない。

(三)  しかも、被告車に構造上の欠陥又は機能障害がなかつたことは当事者間に争いがない。以上のとおり、被告は、自動車損害賠償保障法第三条但書の規定する免責事由をすべて主張立証したことになるから、本件事故の発生に因る原告の損害を賠償すべき責を負わないものというべきである。

四  したがつて、原告が受けた損害等の判断に入るまでもなく、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判断する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判長裁判官 小 川 善 吉

裁判官 高 瀬 秀 雄

裁判官 羽 石   大

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